はいさい!ショウーハンやいびーん!
沖縄移住して16年。
結論から言うと、私は沖縄移住を一度も後悔したことがありません。
しかし、ここに至るまでには起業の失敗、転職、人間関係など数え切れない苦労がありました。
移住についてどんな風に考えているのか?
また、移住は正解だったのか?包み隠さずお話しようと思います。
心の準備はよろしいですか?
沖縄に移住した理由

小学生の頃から僕はいつか南の島でのんびり暮らしたいと漠然と考えていました。
大人になるにつれ徐々にその夢は消えていきましたが、
30代前半で結婚、5年で破綻しまして、
独身の頃好きだったスキューバダイビングを 離婚後再スタートしました。
グアムやサイパンでも潜りましたが、沖縄の慶良間諸島でのダイビングが素晴らしくて、
とにかく海が綺麗で気に入ってしまい、沖縄にくる頻度が少しずつ増えました。
ある時レンタカーの中でFM沖縄を聞いていた時、「しゃかり」というユニットの
ライブ放送を聴いてファンになり、三線を始めることを決意しました。
元々若い頃にバンドでベースを担当していましたので、弦楽器には自信があったのです。
国際通りにある三線店で購入し、それからは、ダイビング道具と三線をいつも持って
沖縄に来ていました。年間7~8回は来ていたと思います。
もうその頃には、いつか沖縄に住むことを決めていました。
決めたきっかけは、友人に沖縄に住むか迷っている、いつか住みたいと相談したところ、
あなたは自由でしょ?と言われたのです。
そう、家族がある訳でもなく、お店を出している訳でもなく、
ただのサラリーマンでしたから、辞めればいいだけです。
それに海外に行く訳ではありません、昔は琉球と言う別の国でしたが、
今は日本の沖縄県です。国内のただの引っ越しにすぎません。
そう思うとすごく気持ちが楽になり、やってみてだめなら戻ればいいだけだと
計画を立てることにしました。
移住する理由はそんな感じですが、今では住む理由があります。家内がいて子供たちがいて、
そうです、大切な家族と家があります。だから大阪に戻りたいとは全く思わないのです。
沖縄移住で仕事はどうだったか

移住する時、沖縄のサラリーは大阪よりかなり低いことを知っていましたから、
自分で会社を作り、自営業をしようと考えました。
それまで経験してきた仕事では独立につながるものがなかったので、
フランチャイズを探し、介護事務所を開くことにしました。
看板代に100万円支払い、北谷町に事務所を借りてスタートしましたが、
本部は沖縄まではフォロー出来ないと、ほとんど何もしてくれませんでしたので、
自力でインターネットで調べながら中部福祉事務所に書類を提出し、
突っ返されてはまた提出しの繰り返しで4ヶ月かかって国から認可を頂きました。
訪問介護専門の事務所でしたが、サービス提供責任者の資格を持った正社員を一人
必ず雇わなければならず、その人に支払う給料を稼ぐために、
朝から晩までコールセンターを掛け持ちで働き、その給料をほとんどを従業員の給料に
充てていました。僕の収入は、少ない利用者様から頂く介護料の1割分と
近所の人からときどき頂く食べ物くらいで、見る見る痩せこけていきました(笑)
国から頂ける9割分は事務所の家賃や光熱費で消えてしまうので、本当に貧乏な社長でした。
それでも1年半後には、手元に50万くらい残るようになったのです。
これからと言う時に雇っていた介護員8人のうちの5人が同じ月に辞めると言ってきたので、
利用者様4名を3人で介護するのは無理だし、直ぐに募集しても見つからないことは
分かっていましたので、ここまでかと観念し他の事務所に利用者様をお願いし、
3名の介護員も次の職場を探して事務所は閉めました。
あのまま頑張っていたら今頃もっといい暮らしが出来ていたかもしれません。
その後、朝はスーパーの総菜作り、12時から21時までコールセンターで働き、
なんとか手元に20万残せる状態で働いていましたが、その頃家内と出会い、
結婚することが出来まして、家内の勧めで調理の仕事を始めました。
年齢が48歳になっていましたから、ほとんど経験のない調理で正社員は無理だろうと
ホテルの朝食担当のアルバイトで入りました。
3ヶ月ほど経った頃に料理長から正社員の話を頂き、
晴れて正社員として働けると思ったのですが、コロナでホテル業界が全部だめになり、
知的障碍者の施設で調理と介護をしながら調理師の資格を取りました。
それからは、ホテルの調理の仕事をしています。
勿論給料はそれほど良くはないですが、正社員にはボーナスがあるので、
何とか家族を養えています。まぁ働いてくれる家内のお陰ですが。
沖縄の台風について

冒頭でも少し書きましたが、沖縄には台風が度々やってきます。
去年はとても少なくて、発生しても沖縄本島は逸れてくれていたのですが、
今年は当たり年でしょうか、ちょっと多い気がします。
台風の1番の脅威は強風です。
雨も勿論、浸水や土砂崩れなど怖いですし、落雷や停電も大変怖いのですが、
強風はまず外に出られなくなります。
扉がとんでもないスピードで閉まりますので、指を挟んで切断する人なども出てきます。
傘をさしても2秒で骨が折れて使えなくなりますし、
瓦や看板を吹き飛ばしてしまいます。道路の並木も根元から折れてしまいます。
大阪に住んでいた頃は、そこまで大きな台風に遭遇したことがなかったので、
移住した最初の年は正直面くらいました。
沖縄移住16年で感じた人間関係

人間関係については、一概には言えませんが、僕は沖縄の人たちがとても好きです。
温かくて優しい方が多く、本当に恵まれた環境で暮らせていると感じています。
ただ、職場では人間関係に悩み、転職を繰り返してきました。
これは沖縄だからではなく、僕が選んだ調理の世界が、
自分には合わなかったのだと思っています。
調理の現場は職人の世界です。長年同じ環境で腕を磨いてきた方が多く、
私が経験した職場では、仕事は「見て覚えろ」という考え方が今でも
残っているところも少なくありません。
僕が以前経験してきた一般企業では、新人が仕事を覚えられない時は
「教え方にも改善点がある」と考える風土がありました。
しかし、調理の現場では「一度教えたのだから、もうできて当たり前」
という空気を感じることが多く、質問しづらかったり、
失敗を厳しく責められたりすることもありました。
もちろん、すべての職場や調理人がそうではありません。
素晴らしい料理長や先輩にも出会いましたし、尊敬できる方もたくさんいます。
ただ、僕自身はその厳しい職人気質の環境に馴染めず、
精神的につらい思いをしたこともありました。
その結果、転職を繰り返すことになったのです。
だからといって調理という仕事が嫌いなわけではありません。
料理を作ることは好きですし、お客様に「美味しかった」と言っていただける瞬間は、
この仕事を続けていて本当に良かったと思える時間です。
職場以外の人間関係では、三線を教わっている師匠とお弟子さん達ですが、
とても仲良くしていただき、上手くいっていると思っています。
師匠のお人柄がとても好きですし、尊敬しています。
この研究所に入れたことは、本当に移住して良かった要因の1つです。
沖縄移住後の猫とウサギとの暮らし

元々家内が猫好きで、僕も好きだったのですが、長男が生まれる前に猫を飼うことになり、
最初は1匹、それから2匹増えて3匹飼っています。
3匹とも里親募集で家族になったのですが、
僕のわがままでウサギも飼うことになり、猫の飼育は家内中心、
ウサギは僕が自分の部屋で飼育しています。
猫はエアコンがあまり好きではないらしく、クーラーの効いた部屋にはあまり着ません。
ウサギは暑いのが苦手なので、僕の部屋は年中26℃に保たれています。
猫は室内飼いしており、外に出すことはありません。
野良猫が感染症のウィルスを保菌していたり、マダニやノミなど怖いので。
もともと2匹は野良猫だったので外には出たそうですが、一切出しません。
ウサギはケージで飼育しているので、狭いところで可哀想なので、
時々公園の芝生で遊ばせたりします。
猫については、沖縄でもそれほど気にかけることもなく飼いやすいと感じています。
しかしウサギについてはエアコン付けっ放しなので、電気代は当然上がりますし、
鳴かない動物なので、体調が悪くても気づかなかったりします。しかも猫よりも弱くて
体調不良に気付くのが遅れると死んでしまう確率が高いので、いつもかかわって、
変化がないか確認しています。本当に可愛いので、死ぬとショックが大きいのです。
でも、猫やウサギがいてくれるお陰で、日々癒されますし、家族みんなで幸せになれます。
本当にありがたいことです。移住の際には是非ペットについて検討してみて下さい。
まとめ
こんな感じで16年目に入ろうとしていますが、僕にとっては移住と言うよりは、
家内と出会うことが出来て、人生が180℃変わったので、僕が幸せな人生を生きられているのは
全て家内のお陰だと感謝しています。
その家内と住む家が沖縄にありますから、僕にとっては移住は大正解だったと言えます。
ただ、母を一人大阪に残してきましたし、84歳になる母が最近認知症になっていることに
気づきまして、治療にも行ってほしいと伝えていますが、
病院に行ってくれるかどうかも分かりません。
他に頼れる人がいないので、一時大阪に戻ろうかと考えもしたのですが、
小学5年生の長男が来年受験することもあり、お父さん子なので、
僕がいないと精神的に安定しないところがあって、どうしたものかと思案中です。
悩みは誰にでも多少はあるでしょうが、沖縄に移住したことを後悔したことは一度もありません。
自分らしい人生だと納得しています。
沖縄だから幸せになれたのではありません。
この土地で家族と出会い、多くの経験を重ねてきたからこそ、今の幸せがあります。
皆さんの人生の選択肢の一つに沖縄移住もありだなと感じて頂ければ幸いでございます。
今日はこんなことで。
またやーさい!

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